おとのせかいにいきる
音の世界に生きる

冒頭文

幸ありて 昨年の暮、一寸風邪をひいて欧氏管(おうしかん)を悪くした。普通の人ならたいして問題にすまいこのことが、九つの年に失明を宣言されたその時の悲しみにも増して、私の心を暗くした。もし耳がこのまま聞こえなくなったら、その時は自殺するよりほかはないと思った。音の世界にのみ生きて来た私が、いま耳を奪われたとしたら、どうして一日の生活にも耐え得られようかと思った。幸い何のこともなく全治したが、兎

文字遣い

新字新仮名

初出

「夢乃姿」1941(昭和16)年11月22日

底本

  • 心の調べ
  • 河出書房新社
  • 2006(平成18)年8月30日