とりかげ
鳥影

冒頭文

其一 一 小川靜子は、兄の信吾が歸省するというふので、二人の妹と下男の松藏を伴れて、好摩(かうま)の停車場まで迎ひに出た。もと〳〵鋤一つ入れたことのない荒蕪地の中に建てられた小さい三等驛だから、乘降の客と言つても日に二十人が關の山、それも大抵は近村の百姓や小商人許りなのだが、今日は姉妹の姿が人の目を牽(ひ)いて、夏草の香に埋もれた驛内も常になく艶(なま)めいてゐる。

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「東京毎日新聞」1908(明治41)年11月1日~12月30日

底本

  • 石川啄木作品集 第三巻
  • 昭和出版社
  • 1970(昭和45)年11月20日