ガス
潮霧

冒頭文

南洋に醗酵して本州の東海岸を洗ひながら北に走る黒潮が、津輕の鼻から方向を變へて東に流れて行く。樺太の氷に閉されてゐた海の水が、寒い重々しい一脈の流れとなつて、根室釧路の沖をかすめて西南に突進する。而してこの二つの潮流の尅する所に濃霧が起こる。北人の云ふ潮霧(ガス)とはそれだ。 六月のある日、陽のくれ〴〵に室蘭を出て函館に向ふ汽船と云ふ程にもない小さな汽船があつた。 彼れはその甲

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「時事新報 第11839號~第11841號」1916(大正5)年8月1日~3日

底本

  • 有島武郎全集第二卷
  • 筑摩書房
  • 1980(昭和55)年2月20日