はる ――ふたつのれんさく――
春 ――二つの連作――

冒頭文

(一) 狂女の恋文 一 加奈子は気違いの京子に、一日に一度は散歩させなければならなかった。でも、京子は危くて独りで表へ出せない。京子は狂暴性や危険症の狂患者ではないけれど、京子の超現実的動作が全ての現代文化の歩調とは合わなかった。たまたま表の往来へ出ても、電車、自動車、自転車、現代人の歩行のスピードと京子の動作は、いつも錯誤し、傍の見る目をはらはらさせる。加奈子は久しい前から、

文字遣い

新字新仮名

初出

「文学界」1936(昭和11)年12月号

底本

  • 岡本かの子全集3
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1993(平成5)年6月24日第1刷