どうけしばい
道化芝居

冒頭文

どんよりと曇つた夕暮である。 省線の駅を出ると、みつ子はすぐ向ひの市場へ這入つて今夜のおかずを買つた。それを右手に抱いて、細い路地を幾つも曲つて、大きな工場と工場とに挟まれた谷間のやうな道を急ぎ足で歩いた。今日は会社で珍しく仕事が多かつたので、まだタイプに慣れない彼女の指先はひりひりと痛みを訴へたが、それでも何か浮き浮きと楽しい気持であつた。こんな気持を味ふのも、もう何年振りであらう、ふとそん

文字遣い

新字旧仮名

初出

「中央公論」1938(昭和13)年4月号

底本

  • 定本 北條民雄全集 上巻
  • 東京創元社
  • 1980(昭和55)年10月20日