ははのにおい
母の匂い

冒頭文

母はいつも、釣りから戻ってきた父をやさしくいたわった。子供心に、私はそれが何より嬉しかった。 やはり、五月はじめのある朝、父と二人で、村の河原の雷電神社下の釣り場へ若鮎釣りを志して行った。父と私が釣り場へ行く時には、いつも養蚕に使う桑籠用の大笊(ざる)を携えるのであった。あまり数多くの若鮎が釣れるので、小さな魚籠(びく)ではすぐ一杯になってしまい、物の役にたたなかったのである。

文字遣い

新字新仮名

初出

「釣りの本」改造社、1938(昭和13)年

底本

  • 垢石釣り随筆
  • つり人ノベルズ、つり人社
  • 1992(平成4)年9月10日