ちちのおもかげ
父の俤

冒頭文

手もとは、まだ暗い。 父は、池の岸に腹這いになって、水底の藻草を叉手(さで)で掻きまわしている。餌にする藻蝦(もえび)を採っているのである。 藻の間を掬(すく)った叉手を、父が丘(おか)へほおりあげると、私は網の中から小蝦を拾った。藻と芥(あくた)に濡れたなかに、小さな灰色の蝦がピンピン跳ねている。 母は、かまどの下で火を焚きはじめたらしい。池のあたりまで薪のはねる音

文字遣い

新字新仮名

初出

「釣りの本」改造社、1938(昭和13)年

底本

  • 垢石釣り随筆
  • つり人ノベルズ、つり人社
  • 1992(平成4)年9月10日