ちり

冒頭文

塵(ちり)だ。塵だ。おもしろい、不可思議な、無量無辺の塵だ。 大空を藍色に見せ、夕日を黄金色に沈ませ、都大路の色硝子に曇って、文明の悲哀を匂わせる。 広大な塵の芸術だ。 深夜の十字街頭に音もなく立ち迷うて、何かの亡霊に取り憑かれたかのように、くるくるくると闇黒の中に渦巻き込む塵の幾群れが見える。それはちょうど古い追憶の切れ目切れ目に、われともなくわれ自身を逃れ出して行

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮 30巻3号」1933(昭和8)年3月

底本

  • 夢野久作全集7
  • 三一書房
  • 1970(昭和45)年1月31日