りょくいのおんな
緑衣の女

冒頭文

一 夏の夕暮であった。泉原(いずみはら)は砂塵(ほこり)に塗(まみ)れた重い靴を引きずりながら、長いC橋を渡って住馴(すみな)れた下宿へ歩を運んでいた。テームス川の堤防に沿って一区劃(かく)をなしている忘れられたようなデンビ町に彼の下宿がある。泉原は煤(すす)けた薄暗い部屋の光景を思出して眉を顰(ひそ)めたが、そこへ帰るより他にゆくところはなかった。半歳近く病褥(とこ)に就いたり、起きたりし

文字遣い

新字新仮名

初出

「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年7月

底本

  • 日本ミステリーの一世紀 上巻
  • 廣済堂出版
  • 1995(平成7)年5月15日