げんそう
幻想

冒頭文

彼れはある大望を持つてゐた。 生れてから十三四年の無醒覺な時代を除いては、春秋を迎へ送つてゐる中に、その不思議な心の誘惑は、元來人なつこく出來た彼れを引きずつて、段々思ひもよらぬ孤獨の道に這入りこました。ふと身のまはりを見返へる時、自分ながら驚いたり、懼れたりするやうな事が起つてゐるのを發見した。今のこの生活——この生活一つが彼れの生くべき唯一の生活であると思ふと、大望に引きまはされて、

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「白樺 第五卷第八號」1914(大正3)年8月1日

底本

  • 有島武郎全集第二卷
  • 筑摩書房
  • 1980(昭和55)年2月20日