かえる |
蛙 |
冒頭文
暗い晩で風が吹いてゐました。より江はふと机から頭をもちあげて硝子戸へ顔をくつゝけてみました。暗くて、ざは〳〵木がゆれてゐるきりで、何だか淋しい晩でした。ときどき西の空で白いやうな稲光りがしてゐます。こんなに暗い晩は、きつとお月様が御病気なのだらうと、より江は兄さんのゐる店の間へ行つてみました。兄さんは帳場の机で宿題の絵を描いてゐました。 「まだ、おツかさん戻らないの?」 「あゝまだだよ。」
文字遣い
新字旧仮名
初出
「赤い鳥 8月号(終刊号)」1936(昭和11)年8月
底本
- 林芙美子全集 第十五巻
- 文泉堂出版
- 1977(昭和52)年4月20日