あいのために
愛の為めに

冒頭文

夫の手記 私はさっきから自動車を待つ人混みの中で、一人の婦人に眼を惹かれていた。 年の頃は私と同じ位、そう二十五六にもなるだろうか。年よりは地味造りで縺毛(ほつれげ)一筋ない、つやつやした髷に結って、薄紫の地に銀糸の縫をした半襟、葡萄の肌を思わせるようなすべすべした金紗(きんしゃ)の羽織、帯や着物など委(くわ)しい事は私に分らないけれども、それらのものが、健康を思わせる血色、撫でた

文字遣い

新字新仮名

初出

「探偵文藝 第2巻第4号」奎運社、1926(大正15)年4月号

底本

  • 幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選 
  • 光文社文庫、光文社
  • 2001(平成13)年2月20日