つれないとき きみはなにをかんがえるか |
| 釣れない時 君は何を考へるか |
冒頭文
フイロソフイストは、「人は考へる為めに生れて来た」といふが、われわれフアンテエジストは、「人は空想する為めに生れて来た」と云つてもよい程、用もない時は空想ばかり駛(はし)らせてゐる。殊に一個の文章を書かうとする前、一つの考案を纏(まと)める前、さういふ時には、この空想の加速度によつて、多くその文章が破棄されることすらある。従つてその空想の奔馬は自在に荒れ狂つて、遂には果てしもない無有郷へ行くか現実
文字遣い
新字旧仮名
初出
底本
- 集成 日本の釣り文学 第二巻 夢に釣る
- 作品社
- 1995(平成7)年8月10日