みち

冒頭文

今もそのアパートはあるだろうか、濡雑巾のようにごちゃごちゃした場末の一角に、それはまるで古綿を千切って捨てたも同然の薄汚れた姿を無気力に曝していた。そのあたりは埋立地のせいか年中じめじめした湿気が去らなかった。日の射さぬ中庭は乾いたためしはなかった。鼠の死骸はいつまでもジクジクしていた。近くの古池からはなにかいやな沼気が立ちのぼるかと思われた。一町先が晴れてもそこだけは降り、風は黒く渡り、板塀は崩

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝 九月号」1943(昭和18)年9月

底本

  • 世相・競馬
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2004(平成16)年3月10日