はだいろのつき
肌色の月

冒頭文

運送会社の集荷係が宅扱いの最後の梱包を運びだすと、この五年の間、宇野久美子の生活の砦だった二間つづきのアパートの部屋の中が、セットの組みあがらないテレビのスタジオのような空虚なようすになった。いままで洋服箪笥のあった壁の上に、芽出しの白膠木(ぬるで)の葉繁みがレースのような繊細な影を落しているのが、なぜかひどく斬新な感じがした。 管理人の細君が挨拶にきた。 「おすみになりましたか」

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

底本

  • 久生十蘭全集 Ⅵ
  • 三一書房
  • 1970(昭和45)年4月30日