さんがいばんれいとう
三界万霊塔

冒頭文

一 深尾好三はゆたかに陽のさしこむ広縁の籐椅子の中で背を立てた。 「ひさしぶりに会社へ出てみるか」 油雑布で拭きあげたモザイックの床と革張の回転椅子と大きな事務机が眼にうかんだ。押せば信号(ノーティス)が返ってくるパイロット式の呼鈴。手擦れのした黒檀の葉巻箱。とりわけ濠洲以来の古い九谷の湯呑……それらは二十年来の事業の伴侶であり、活動の心棒になる親しい小道具どもだった。 深尾は丸ノ内仲之通

文字遣い

新字新仮名

初出

「富士」1949(昭和24)年6月

底本

  • 久生十蘭全集 Ⅲ
  • 三一書房
  • 1970(昭和45)年2月28日