ノア
ノア

冒頭文

第一回 交換船 霧のなかで夜が明けかけていた。暗い船窓の外が真珠母色になり、十月中旬のおだやかな海が白い波頭をひるがえして後へ流れているのがぼんやり見えてきた。 北米、中南米、カナダなどから引揚げた邦人二千四百名を乗せた第二回交換船の帝亜丸は時雨のような舳波(へなみ)の音をたてながら遠州灘を走っていた。山内竜平の船室では、義父(ちち)にあたる野崎孝助と二人の息子が暗いうちから起きて、真剣

文字遣い

新字新仮名

初出

「富士」1950(昭和25)年2月号~4月号

底本

  • 久生十蘭全集 Ⅲ
  • 三一書房
  • 1970(昭和45)年2月28日