こはん
湖畔

冒頭文

この夏、拠処(よんどころ)ない事情があって、箱根蘆ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た。 審理の結果、精神耗弱と鑑定、不論罪の判決で放免されたが、その後、一ヵ月も経たぬうちに、端無くもまた刑の適用を受けねばならぬことになった。これは普通に秩序罪と言われるもので、最悪の場合でも二年位の懲役ですむから、このたびも逸早く自首して刑の軽減を諮(はか)るのが至当であろう

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝」1937(昭和12)年5月号

底本

  • 久生十蘭全集 Ⅱ
  • 三一書房
  • 1970(昭和45)年1月31日