たまとりものがたり
玉取物語

冒頭文

嘉永のはじめ嘉永二年十月のことでござった。西国のさる大藩の殿様が本国から江戸へ御帰府の途次、関の宿の近くに差懸った折、右の方のふぐりが俄に痒くなった。蕁草(いらくさ)の刺毛(さしげ)で弄(いら)われるような遣瀬なさで、痒味辛(つら)味は何にたとえようもないほどであった。しばらくの間は袴の上から押抓(おしつね)ってなだめていられたが、仲々もって左様な直(ちょく)なことではおさまらない。御袴の裾をもた

文字遣い

新字新仮名

初出

「別冊文藝春秋 第二十四号小説二十人集」1951(昭和26)年10月30日

底本

  • 久生十蘭全集 Ⅱ
  • 三一書房
  • 1970(昭和45)年1月31日