安部忠良の家は十五銀行の破産でやられ、母堂と二人で、四谷谷(たに)町の陽あたりの悪い二間きりのボロ借家(しゃくや)に逼塞していた。姉の勢以(せい)子は外御門(そとみかど)へ命婦(みょうぶ)に行き、七十くらいになっていた母堂が鼻緒の壺縫いをするというあっぷあっぷで、安部は学習院の月謝をいくつもためこみ、どうしようもなくなって麻布中学へ退転したが、そこでもすぐ追いだされ、結局、いいことにして絵ばかり描