まついすまこ
松井須磨子

冒頭文

一 大正八年一月五日の黄昏時(たそがれどき)に私は郊外の家から牛込(うしごめ)の奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣(たれぎぬ)がかかっていた。丁度黄昏どきのわびしさの影のようにとぼとぼとした気持ちで体をはこんで来た、しきりに生(せい)の刺(とげ)とか悲哀の感興とでもいう思いがみちていた。まだ燈火(あかり)もつけずに、牛込では、陋居(ろうきょ)の主人をかこんでお仲間の少壮文人たちが三

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人画報」1919(大正8)年4月

底本

  • 新編 近代美人伝 (上)
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1985(昭和60)年11月18日