こすいとかれら |
湖水と彼等 |
冒頭文
もう長い間の旅である——と、またもふと彼女は思う、四十年の過去をふり返って見ると茫として眼(まなこ)がかすむ。 顔を上げれば、向うまで深く湛えた湖水の面と青く研ぎ澄された空との間に、大きい銀杏の木が淋しく頼り無い郷愁を誘っている。知らない間に一日一日と黄色い葉が散ってゆく、そして今では最早なかば裸の姿も見せている。霜に痛んだ葉の数が次第に少くなることは、やがてこの湖畔の茶店を訪れる旅の客
文字遣い
新字新仮名
初出
「新思潮」1914(大正3)年2月
底本
- 豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)
- 未来社
- 1967(昭和42)年6月20日