いなかいしのこ
田舎医師の子

冒頭文

一 六年振りに、庸介(ようすけ)が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。 その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。 彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立て

文字遣い

新字新仮名

初出

「早稲田文学」1914(大正3)年7月号

底本

  • 日本短篇文学全集 第29巻
  • 筑摩書房
  • 1970(昭和45)年7月30日