りゃくだつしたたんとう
掠奪した短刀

冒頭文

松山寛一郎は香美郡夜須の生れであった。寛一郎は元治元年七月二十七日、当時土佐の藩獄(はんごく)に繋がれていた武市瑞山(たけちずいざん)を釈放さすために、野根山(のねやま)に屯集した清岡道之助一派の義挙に加わろうとしたが、時期を失して目的を達することができなかったので、それ以来自暴自棄(やけくそ)になって、毎日のように喧嘩(けんか)ばかりして歩いていたが、そのうちに慶応四年となって、鳥羽伏見の役が起

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典
  • 学研M文庫、学習研究社
  • 2003(平成15)年10月22日