どろのあめ
泥の雨

冒頭文

日が暮れると、北の空に山のやうに盛り上つた黒雲の中で雷光が閃めいた。キラツと閃めく度にキーンといふ響きが大空に傳はるやうな氣がした。 由藏は仕事に切りをつけると、畑の隅に腰を下して煙草をふかし始めた。彼は死にかけてゐる親爺のことを考へると家へかへることを一刻も延ばしたかつた。けれど妻のおさわが、親爺の枕元へ殊勝らしく坐つて、その頭などを揉んでゐやしないかと想ふとぢつとしてはゐられなかつた

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「早稲田文学」1923(大正12)年5月

底本

  • 茨城近代文学選集Ⅱ
  • 常陽新聞社
  • 1977(昭和52)年11月30日