あるごがつのあさのはなし
或る五月の朝の話

冒頭文

「シン! シン!」 夢の中で彼は、さう自分の名前を呼ばれてゐるのに気づいたが、と同時にギュツと頬ツぺたをつねりあげられたので、思はずぎよツとして眼を見開いた。——Fが酷い仏頂面をして彼を睨んでゐた。彼は、縁側の椅子に凭れてうたゝ寝をしてゐたのだ。 「失礼だ!」とFは叫んだ。「私はもう横浜へ帰る〳〵。」 「Fはあまり短気すぎるよ。」 彼は、一寸具合が悪かつたので、云ひたくもない独

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文章倶楽部 第九巻第六号」新潮社、1924(大正13)年6月1日

底本

  • 牧野信一全集第二巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年3月24日