かがみじごく
鏡地獄

冒頭文

一 「この一年半ほどのあひだ……」 せめても彼は、時をそれほどの間に限りたかつた。別段何の思慮もなく、何となく切ツ端詰つた頭から、ふつとそんな言葉が滑り出たのであるが、そして如何程藤井に追求されたにしろ、何の続ける言葉も見当らなかつたのではあるが、思はずさう云つた時に漠然と——せめても時を、それほどの間に——そんなことを思つたのである。一年半、といふのは、父の死以来といふほどの代りに用

文字遣い

新字旧仮名

初出

「中央公論 第四十巻第十号(秋季大附録号)」中央公論社、1925(大正14)年9月1日

底本

  • 牧野信一全集第二巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年3月24日