せみ

冒頭文

「あたしは酔ツぱらひには慣れてゐるから夜がどんなに遅くならうと、どんなにあなたが騒がうと今更何とも思はないが——」 周子は、そんな前置きをした後に夫の滝野に詰つた。 田舎で暮してゐた時とは、境遇も違ふし場所柄も違ふ、今ではこのセヽこましい東京の街中で、然も間借りをしてゐる境涯である、壁一重先きには他人が住んでゐるのだ、毎晩〳〵夜中も関はず大声を発して、加けにどたばたとあばれられたり

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第四十一巻第五号」新潮社、1924(大正13)年11月1日

底本

  • 牧野信一全集第二巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年3月24日