なつちかきころ
夏ちかきころ

冒頭文

一 あいつの本箱には、黒い背中を縦に此方(こつち)向きにした何十冊とも数知れない学生時代のノート・ブツクが未だに、何年も前から麗々と詰つてゐる。——尤も扉には必ず鍵がかゝつてゐるが、硝子が曇りでないから、中の書籍は一際(さい)見えるのであつた。珍らしいものは持つてゐないが殊の他の蔵書家で、書斎に続いた小さな納戸は殆んど書庫のかたちを呈してゐた。 どうしてあんなノート・ブツクなど

文字遣い

新字旧仮名

初出

「女性 第十巻第一号」プラトン社、1926(大正15)年7月1日

底本

  • 牧野信一全集第二巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年3月24日