まずしきにちろく
貧しき日録

冒頭文

こゝは首都の郊外である。 タキノが、突然——(といふのはタキノ自身にとつて、そして一年程前に、これも突然主人を亡くして、こゝから二十里あまり離れてゐる海辺の寒村に彼のたつたひとりの小さな弟と二人で佗しく暮してゐたタキノの母親にとつての副詞に過ぎないことを断つて置かう。彼女は、その長男であるタキノの帰郷を予期してゐたのだ。タキノ自身も、こゝに移る二日前までは、そのつもりだつた。古き世から伝

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第四十二巻第五号」新潮社、1925(大正14)年5月1日

底本

  • 牧野信一全集第二巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年3月24日