まるテーブルでのはなし
円卓子での話

冒頭文

一 彼(あ)の昨日の今日である、樽野の——。 今朝はまた昨日にも増した麗かな日和で、長閑で、あんなに遥かの沖合を走つてゐる漁船の快い発動機の音までが斯んなに円かに手にとるかのやうに聞えるほどの、明るい凪は珍らしい。だから云ふまでもなく、海原は青鏡で、ただ、波を蹴たてて滑つて行く舟の舳先で砕ける飛沫が鮮やかに白く光るより他に目を射るものもないのだ。——樽野は、醒めきらない微かな眠

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第二十六巻第五号」新潮社、1929(昭和4)年5月1日

底本

  • 牧野信一全集第三巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年5月20日