むかしのかるた
昔の歌留多

冒頭文

三月もかゝると云はれてゐる病院へ滝は、毎日、日暮時に通つてゐた。——今度こそは彼は、之を堅く決行し通さうと念じてゐた。こんなことをきつかけにしなければ、長い様々な生活上の悪習慣から逃れる術がないことを知つた。様々な悪習慣は、彼が命をかけて目当としてゐる仕事までを相当の深さまで踏みにぢつてゐた。仕事に対する情熱は、形ちなく見えすいてゐる垣の彼方で、徒らに激しく炎(も)えてゐるばかりだつた。

文字遣い

新字旧仮名

初出

「婦人公論 第十二巻第六号」中央公論社、1927(昭和2)年6月1日

底本

  • 牧野信一全集第三巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年5月20日