エフむらでのはる
F村での春

冒頭文

夜、眠れないと云つても樽野(たるの)のは、それだけ昼間熟睡するからなので、神経衰弱といふわけではなかつた。朝寝と宵ツ張りが次第に嵩じて、たゞ昼と夜とが入れ違つてゐた。寝つきの悪さと、朝の目醒め時の不機嫌さでは小さい頃から樽野は、周囲の人達に酷い迷惑をかけ続けて来た。彼の母親は、寝せつけようとすればする程如何しても鎮まらない彼を抱いて、夜更けに屡々海辺をさ迷ひ歩かなければならなかつた。何といふ強情な

文字遣い

新字旧仮名

初出

「女性」プラトン社、1927(大正16)年1月1日

底本

  • 牧野信一全集第三巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年5月20日