アールぎょじょうとみやこのさかばで
R漁場と都の酒場で

冒頭文

一 停車場へ小包を出しに行き、私は帰りを、裏山へ向ふ野良路をたどり、待ち構へてゐた者のやうにふところから「シノン物語」といふ作者不明の絵本をとり出すと、それらの壮烈な戦争絵を見て吾を忘れ、誰はゞかることも要らぬ大きな声を張りあげて朗読しながら歩いてゐた。歩く——と云つても朗読の方へ大方の注意を込めてゐたから、一間すゝむと其処に五分間も立ちどまつて、神妙に首をひねつたり、また、思はず胸先に拳を擬し

文字遣い

新字旧仮名

初出

「経済往来 第五巻第八号」日本評論社、1930(昭和5)年8月1日

底本

  • 牧野信一全集第四巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年6月20日