よるのきせき
夜の奇蹟

冒頭文

一 海辺の連中は雨が降ると皆な池部の家に集まるのが慣ひだつた。暑中休暇の学生達が主だつた。麻雀に熱中してゐる一組があつた。窓枠に腰を掛けてマンドリンを弄んでゐるのは一番年長(としかさ)の池部だつた。池部は学校を出てもう三年も経つたが、この旧家の長男で別段働く必要もなかつたので、天文学に関する書籍などを漁りながら静かな、だが殊の他憂鬱の日を送つてゐる境涯だつた。 「斯んなに雨が続くんなら

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 オール讀物号 第一巻第八号(十一月号)」文藝春秋社、1931(昭和6)年11月

底本

  • 牧野信一全集第四巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年6月20日