むしゃまどにっき
武者窓日記

冒頭文

たとへこの身は千里の山河を隔てようとも魂は離れはせぬぞよ。マーガレットの唇が神体に触れても嫉ましいのぢやないわい。——フアウスト 一 けふこの頃、うらゝかな小春の日和が日毎日毎さんさんと打ちつゞいてゐる。三田の寺町にある私の寓居は、崖ふちに添ふて立ちならぶ長屋の端で家構への貧弱さは随一であるが、展望の拡さだけが悲しみに満ちた私の胸を慰めてゐた。しかし私は、まさか斯んな位置の

文字遣い

新字旧仮名

初出

「経済往来 第八巻第十一号」日本評論社、1933(昭和8)年10月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日