まぼろし
まぼろし

冒頭文

一 和やかな初夏の海辺には微風(そよかぜ)の気合(けは)ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。 「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへ ゆくへも知らぬこひのみちかな——か、今となると既にもうあの頃がなつかしいな、いや、満里のところの歌留多会がさ。」 「柄にもない眼つきをするない、こいつ!」 「ところが俺には、れつきと

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 オール讀物 第三巻第四号」文藝春秋社、1933(昭和8)年4月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日