ぬまべより
沼辺より

冒頭文

こんな沼には名前などは無いのかと思つてゐたところが、このごろになつてこれが鬼涙(きなだ)沼といふのだといふことを知つた。明るい櫟林にとり囲まれた擂鉢形の底に円く蒼い水を湛へてゐる。やはり噴火口の痕跡なのであらう。 土筆、ぜんまひ、ツバナ、蕨などの芽がわずかに伸びかかつた沼のほとりの草の上は羽根蒲団のやうで、僕はいつも採集道具を携へて来るのだが、ついぐつすりと寝込んでしまふのだ。例の浮遊生

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第三十巻第三号」新潮社、1933(昭和8)年3月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日