てんぐどうしょっかくき
天狗洞食客記

冒頭文

今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛むとか、手の平をこするとか、決して相手の顔を見ないで内ふところに向つてはなしをするとか、無闇に莨を喫すとか——とそれこそ枚挙に遑はない。しかし私には他人目(ひとめ)につくかの如き凡そ何んな類ひの癖も生来から皆無であつたのに、突然ちか頃になつて、これはまた凡そ他人目につき易い実にも仰山に珍奇な癖が生じてゐた

文字遣い

新字旧仮名

初出

「経済往来 第八巻第八号」日本評論社、1933(昭和8)年7月5日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日