せんがくじふきん
泉岳寺附近

冒頭文

一 泉岳寺前の居酒屋の隅で私が、こつぷ酒を睨めながら瞑想に耽つてゐると、奥で亭主と守吉の激しい口論であつた。 「こいつ奴、よく喋舌りやがるな。」 「喋舌るさ。喋舌られるのが厭だつたら、自分こそあんまりケチなことを云ふない。」 「やい、守吉、俺はケチで憤るんぢやないんだぞ。気をつけろ……」 亭主の方は店に遠慮して、口のうちに癇癪を噛み殺しながら仕切りにぶつぶつ小言を吐いてゐる模

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮」新潮社、1932(昭和7)年10月

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日