あかねとんぼ
茜蜻蛉

冒頭文

一 白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。咲いてゐるなとわたしはおもつた。トラムペツト・フラワ? いや、あれは凌霄花の意味だつたが、凌霄花もラツパ草も、うちでは昔から何処に移つても咲いてゐるが、誰もあの花が好きと云つたものも聞かぬのに——わたしは意味もなくそんなことをつぶやいた。泉水には水葵が一杯蔓つて、水溜りの在所も見定め難かつた。ラヂオが歌舞伎劇を放送

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第三十二巻第十二号」新潮社、1935(昭和10)年12月

底本

  • 牧野信一全集第六巻
  • 筑摩書房
  • 2003(平成15)年5月10日