サロメとたいそう ヘッペルせんせいとのそうわ
サロメと体操 ヘツペル先生との挿話

冒頭文

学生であつた私は春の休暇で故郷の町に帰つてゐたが、うちでは勉強が出来ないと称して二三駅離れた海辺の村へ逃れてたつた独りで暮してゐた。そしてヘツペル先生へ長い手紙ばかりを書いてゐた。主に象徴的な文字で架空的な悩みを訴へるのであつた。間もなく先生からの便りで、わたしも君と共々に清澄な田園で祈りの生活を送りたいから適当な部屋を探して欲しいといつて寄こした。先生は最も敬虔なロマン・カトリツク教徒で、明快な

文字遣い

新字旧仮名

初出

「大阪朝日新聞 第一八四二四号」大阪朝日新聞社、1933(昭和8)年2月19日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日