ろうかつしょう
老猾抄

冒頭文

「もう私は一切酒は飲まない。」 私の叔父にあたる岩城源造は余程神妙さうに繰返してゐた。 「それあ、結構ですね、一切飲まないといふことも無理でせうが、好い齢をしてカフエーに行くといふやうなことは……」 などといひかけてゐるうちに私は、吾ながら思はず恐縮して頭を掻いた。私が人に向つて斯んな類の意見を口にするなど凡そ途方もない出来事に違ひなく、おまけに相手が六十歳にもならうといふ老人で

文字遣い

新字旧仮名

初出

「東京朝日新聞 第一七八四六号」東京朝日新聞社、1935(昭和10)年12月22日

底本

  • 牧野信一全集第六巻
  • 筑摩書房
  • 2003(平成15)年5月10日