るい
るい

冒頭文

竹藪の蔭の井戸端に木蓮とコヾメ桜の老樹が枝を張り、野天風呂の火が、風呂番の娘の横顔を照してゐた。もう余程古いことであり、村の名前さへ稍朧ろ気であるが、私は不思議とその娘の名がるいといふのであつたと憶えてゐる。その時私は採集旅行の途中で大きな沼のあるその村への櫟林で大ムラサキ蝶を追ひかけるうちに可成りの断崖から滑つて脚を痛め、十日ちかくもその宿に滞留してゐたらうか? と思はれるが、その間だつて殆んど

文字遣い

新字旧仮名

初出

「Home line(ホーム・ライン) 第三巻第三号」玉置合名会社、1936(昭和11)年3月15日

底本

  • 牧野信一全集第六巻
  • 筑摩書房
  • 2003(平成15)年5月10日