びょうじょう
病状

冒頭文

凍てついた寒い夜がつゞいてゐた。 私は、十銭メートルの瓦斯ストーヴに銀貨を投げ込みながら、空の白むまで机の前に坐りつゞけたが、一行の言葉も浮ばぬ夜ばかりだつた。 「いつでも関はぬから起してお呉れ。」 細君は明方の私の食事については、パンや果物の用意をとゝのへて、机の傍らにすやすやと眠つてゐるのだが、稍ともすると私は気の弱い食客の心地に襲はれた。 カーテンが水底のやう

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文學界」文圃堂書店、1934(昭和9)年7月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日