にっけい
肉桂樹

冒頭文

一 枳殻(からたち)の生垣に、烏瓜の赤い実が鮮やかであつた。百舌鳥が栗の梢で、寒空を仰いで激しく友を招んでゐた。武兵衛さんが、曲つた腰を伸して、いつまでも、鳥の声の方を見あげてゐた。彼の口から立ちのぼる呼吸(いき)が、ふわふわとする煙であつた。——武兵衛さんのことを皆は、武(ぶう)さんと称び慣れてゐた。武さんは、蜜柑山の向方の村から、馬を曳いて、僕のうちの母家のまはりの野菜畑やら、果樹や

文字遣い

新字旧仮名

初出

「若草 第十巻第二号」宝文館、1934(昭和9)年2月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日