さんきょうのむらにて
山峡の村にて

冒頭文

一 その村は、東京から三時間もかゝらぬ遠さであり、私が長い間住なれたところであつたが私は最早まる一年も帰らなかつた。恰度、一年前の今ごろ私はカバンを一つぶらさげて芝居見物に上京したまゝ——。 それ故、またカバンを一つぶらさげて戻つて来た私達の姿を見出したロータスといふ村の酒場の娘は、 「まあ、随分永い芝居見物でしたわね。」 とうらみと苦笑をふくんだ鼻声で、私の妻の胸に両

文字遣い

新字旧仮名

初出

「河北新報」河北新報社、1931(昭和6)年6月24日、26日

底本

  • 牧野信一全集第四巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年6月20日