くりふねでゆくいえ
繰舟で往く家

冒頭文

春来頻リニ到ル宋家の東 袖ヲ垂レ懐ヲ開キテ好風ヲ待ツ 艪を漕ぐのには川底が浅すぎる、棹をさすのには流れが速すぎる——そのやうな川を渡るために、岸から岸へ綱を引き、乗手は綱を手繰つて舟をすすめる、これを繰舟(くりふね)の渡しと称(い)ふ。 その娘の家の裏門は川ふちに開いて、繰舟で向ふ岸の街道に渡つた。橋は見霞む川下の村境ひのはてであつたから、その繰舟はあたりの人々にとつてもこの

文字遣い

新字旧仮名

初出

「若草 第十一巻第三号」宝文館、1935(昭和10)年3月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日