「昨日大川君から來たうちから、例のものを送つてやつて下さい。」亨一(かういち)は何の氣なしに女に云つた。疊に頬杖して、謄寫版の小册子に讀み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた時詞(ことば)の意味がすぐに了解しにくかつた。 「靜岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを會得(ゑとく)して居た。「さうですか」と云はうとしたが、男の