ことのね
琴の音

冒頭文

(上) 空に月日のかはる光りなく、春さく花のゝどけさは浮世万人おなじかるべきを、梢のあらし此処((ここ))にばかり騒ぐか、あはれ罪なき身ひとつを枝葉ちりちりの不運に、むごや十四年が春秋を雨にうたれ風にふかれ、わづかに残る玉の緒の我れとくやしき境界にたゞよふ子あり。 母は此((この))子が四つの歳、みづから家を出でゝ我れ一人苦をのがれんとにもあらねど、かたむきゆく家運のかへし難き

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文學界 第十二號」文學界雜誌社、1893(明治26)年12月30日

底本

  • 新日本古典文学大系 明治編 24 樋口一葉集
  • 岩波書店
  • 2001(平成13)年10月15日